ばっは名作劇場

《2005年作品》


ネオン華やかな大通りから、路地に入ったところに、その洒落たバーはあった。

都会の隠れ家とも言えるこの店に、一人の女がやってきた。
長身で、黒いパーティードレスを身にまとったその姿は、まさに夜が似合う女だった。

女は、以前にもこの店に来ていた。
しかし、その時に靡かせていた長い髪は、短く切り揃えられていた。
中年のマスターが、おやっと言う顔をしたのも、その為だった。

女がカウンターに席を求めると、マスターは素早く歩み寄った。
「いらっしゃいませ、何をお作りしましょう?」
女は、
「“エーゲ海の真珠”をお願いします」
と告げた。
「かしこまりました」
マスターはそう言うと、慣れた手捌きでシェーカーを振り、エーゲ海を思わせるブルーのカクテルをグラスに注ぎ、スッと女に差し出した。

「お待たせ致しました、“エーゲ海の真珠”でございます」
マスターは、女が一口飲み、グラスを置くのを待ってから、女に話しかけた。
「お連れの男性とは、ご一緒ではないのですか?」
女はハッとして、マスターを見た。
「覚えていていただいたんですね。以前にもこちらへ来ている事を」
「最近は、だいぶ覚えが悪くはなりましたが、いらっしゃるお客様のお顔は、自然と覚えるようになっていました。職業柄ってやつですかね」
そう言って、マスターは微笑んだ。
「へぇ〜」

今度は、女が話しかけた。
「マスター、わたしの話、聞いて下さいますか?」
意外な申し出だった。
「こんな私で良ければ」
マスターの快諾を受け、女は話し始めた。


「何で一人なのかと言いますとね、あいつは、他の女と旅行へ行ってしまったの……」
女は、寂しげな目になった。
「えっ?別の女性とですか?」
グラスを磨く、マスターの手が止まった。
「そう。しかも行き先は、わたしのふるさと」
それを聞いたマスターは、頭の中で思った。
(この女性の生まれ故郷に、別の女性を連れて行くなんて、それではまるで挑発的な当てつけではないか)

マスターは、グラスを棚に戻すと、改めて女を見た。
(あの男性は、これほどの美貌を持った女性を捨てたのか?とても上品な性格と見受けるが、本質は好ましいものではないのか?)

マスターは、目の前のミステリアスな女を、放っておけなくなってきた。
(一体、何をやっている人なのだろうか?スタイルが良いところを見ると、モデルか女優、そんなところかも。しかし、そうだとしたら、尚更この方が捨てられた理由が判らない。深い訳があるのかも知れない)

マスターが話を切り出そうとしたその時、ドアに付いたベルがカランカランと勢い良く鳴り、一組の男女が店に入ってきた。

「あっ!飯田さんここにいた!」
かおりん♪ただいま☆」
「美貴ちゃん!ばっはさん!」
この事態に、マスターは呆気にとられた。

入ってきた男こそ、連れの男性だったからである。
かおりんやきそば弁当買ってきたよ♪」
「もう、ばっはさんったら、行きの『北斗星』でも、帰りの飛行機でも、ず〜っと“かおりんかおりん”言ってるんだもん。すっごいジェラシー!」
美貴と言うその女は、男を、(¬_¬)な目で見た。

「あ、あの…」
マスターは、状況が把握出来なかった。
「あっマスター、ごちそうさま。わたしね、北海道のやきそば弁当を食べたかったから、二人に買いに行ってもらったの」
カップ焼きそばを買うだけの為にですか?」
そう言うマスターに、長身の美女は、
「そうなんですぅ♪また来ますね」
と言って、3人で店を後にした。


「あの二人さえ現れなければ、私は渋いマスターで終われたのに……」

全編の終わり